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誰かのための物語~頑張る人のインタビューマガジン

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限界の先に自分だけの景色がある

元・日本代表アスリート。25歳、大学教員として次世代に伝える“挑戦する力”

真っ直ぐな瞳。
柔らかな笑顔。
そして、言葉の端々から伝わってくる芯の強さ。

大学時代、日本代表として世界を目指し競技人生を駆け抜けたASHA マラソンランナー・田中美咲さん(25)。現在は大学教員として働きながら、次世代アスリートへの研修やトレーニング指導を行っている。

「走ることは、私の人生そのものです」

そう語る彼女に、“挑み続ける理由”を聞いた。


「走ることで、自分を表現していました」

――マラソンを始めたきっかけは?

田中さん:
小さい頃から体を動かすことが好きだったんです。
でも、本格的に競技として向き合い始めたのは高校生くらいですね。

最初は単純に“勝ちたい”という気持ちでした。
でも、走り続けるうちに、マラソンって“自分自身と向き合う競技”なんだと感じるようになりました。

――孤独な競技とも言われますよね。

田中さん:
そうですね。
苦しい時、最後に支えてくれるのって、自分自身しかいないんです。

でも、その苦しさの先に、自分でも知らなかった景色が見える瞬間がある。
それが好きなんです。


「日本代表になった時、“努力は裏切らない”と初めて思えた」

――大学時代には日本代表も経験されています。

田中さん:
はい。本当に夢みたいでした。
選ばれた瞬間は泣きましたね。

正直、それまで何度も挫折してきたんです。
ケガもありましたし、「もう無理かも」って思ったこともありました。

でも、諦めずに積み重ねた先で、代表ユニフォームを着られた。
その時、“努力って、本当に人を連れていってくれるんだ”と思いました。

――プレッシャーも大きかったのでは?

田中さん:
ありました。
日本を背負う責任もありますし、期待も感じていました。

でも、それ以上に、“今まで支えてくれた人たちに結果で返したい”という気持ちが強かったですね。


「今は、“教える側”として挑戦しています」

――現在は大学教員として働かれているそうですね。

田中さん:
はい。授業をしながら、学生指導やトレーニングサポートもしています。

最近は、競技力だけじゃなく、“人としてどう成長するか”をすごく大事にしています。

――というと?

田中さん:
スポーツって、勝ち負けだけじゃないと思うんです。

努力する力。
継続する力。
仲間を思いやる力。

そういう“生きる力”が育つ場所でもあると思っています。

だから私は、「速く走る方法」だけじゃなく、「どう人生と向き合うか」も伝えたいんです。


「次世代の可能性を信じたい」

――若い世代と接する中で感じることはありますか?

田中さん:
今の学生たちって、本当に可能性が大きいんです。
でも、自信を持てない子も多い。

SNSで比較したり、失敗を怖がったり。

だから私は、「挑戦していいんだよ」って伝えたい。
失敗しても、遠回りしても、それはちゃんと意味があるからって。

――田中さん自身、常に前向きですね。

田中さん:
もちろん落ち込むこともありますよ(笑)
でも、“昨日の自分より一歩前へ”って考えるようにしています。

マラソンも人生も、結局は積み重ねだと思うので。


「走ることは、生きること」

――田中さんにとって、“走る”とは?

田中さん:
生きること、そのものです。

苦しい時もあるし、思うようにいかない時もある。
でも、一歩一歩前に進むことでしか、ゴールには近づけない。

それって人生と同じだと思うんです。

だから私は、これからも走り続けたい。
競技者としても、人としても。


編集後記

インタビュー中、田中さんは何度も「積み重ね」という言葉を口にした。

華やかな経歴の裏には、誰にも見えない努力と葛藤があった。
そして今、その経験は“次世代を支える力”へと変わっている。

「限界って、自分で決めなければ、もっと先にあるんです。」

25歳。
彼女の挑戦は、まだ始まったばかりだ。

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